評価:9/10
ネタバレ:なし
映画『来る』を視聴しました。平穏に見えた家庭へ得体の知れない怪異が近づき、夫婦の日常と人間関係の裏側を少しずつ変貌させていく怪異サスペンスです。前半では正体の分からない恐怖をじわじわと積み上げ、後半では日本中から霊能力者が集結する大規模な対決へ突入します。陰湿な心理劇と派手な霊能力バトルを一つの映画に同居させた、最高に面白いホラーエンターテインメントでした。
ネタバレなし:物語の核心、怪異の正体、犠牲者、最終局面の具体的な展開には触れません。公式の作品紹介で明かされている範囲と、鑑賞後に残った印象を中心にまとめます。

映画『来る』とは
『来る』は2018年12月7日に公開された、上映時間134分の日本映画です。監督・脚本は『告白』『渇き。』の中島哲也。澤村伊智の第22回日本ホラー小説大賞受賞作『ぼぎわんが、来る』を原作とし、単なる心霊映画の枠には収まらない映像と音のエンターテインメントへ作り替えています。
主要キャストは、オカルトライターの野崎を演じる岡田准一、田原香奈役の黒木華、霊媒師の血を引く比嘉真琴役の小松菜奈、その姉・比嘉琴子役の松たか子、そして田原秀樹役の妻夫木聡です。青木崇高、柴田理恵らも脇を固めます。これだけの実力派が集まり、それぞれ違う温度で怪異と対峙するため、場面が切り替わるたびに映画の顔まで変わります。
平穏な家庭へ「何か」が近づいてくる
物語の入口にあるのは、妻と幼い娘に囲まれた田原秀樹の家庭です。外から見れば幸福そのものですが、その周囲で説明のつかない出来事が起こり始めます。誰が、なぜ、この家族を狙うのか。祟りなのか、恨みなのか、それとも秀樹が忘れてしまった過去に原因があるのか。手掛かりが少ないまま、日常だけが確実に壊れていきます。
最初から怪物の姿を見せて驚かせる作品ではありません。連絡、物音、気配、人の言葉といった身近なものへ異常が混ざり込みます。家庭という最も安心できるはずの場所が、帰りたくない空間へ変わっていく。しかも危険は大人だけでなく幼い子どもへ向かって近づきます。親が正体をつかめないまま守らなければならない状況が、怪異そのものとは別の焦りを生みます。
中島哲也監督らしい色彩、編集、音響によって、目に見えない圧力まで派手な映画体験へ変換されています。本編を映像と音で改めて味わいたい方には、映画『来る』Blu-ray豪華版が直接的な選択肢です。じわじわ迫る前半と、大規模な儀式へ突入する後半の落差を通して見直せます。
Amazonのアソシエイトとして、Netflix映画・ドラマレビューは適格販売により収入を得ています。
妻夫木聡が演じる、右往左往する主人公
妻夫木聡が演じる秀樹は、怪異へ立ち向かうための知識も能力も持っていません。何の祟りなのか分からず、知人を頼り、オカルトに詳しい人物を探し、家族を守る方法を求めて右往左往します。この「普通の人間」の立場があるからこそ、観客も同じ場所から怪異を恐れられます。
ただし、秀樹は単純な善人として描かれているわけではありません。家族を大切にしているように見える言葉と、周囲から見える姿と、本人が心の奥に隠しているもの。その間には小さなずれがあります。怪異が近づくにつれて、そのずれが家庭の中へ影を落とします。
徐々に変貌する日常と、隠れていた夫婦の姿
本作が面白いのは、怪異だけを悪者にしないことです。誰もが他人へ見せる顔を持ち、家庭の中にも外からは分からない不満や孤独があります。平穏に見えた日常の表面が一枚ずつ剥がれ、人間側の弱さや身勝手さが現れます。怪異はそこへ入り込み、隠されていた感情を増幅させているようにも見えます。
黒木華の演技は、その変化に現実味を与えます。大きな叫びや派手な表情だけでなく、疲労、苛立ち、諦めが重なっていく過程が生々しいのです。妻夫木聡との組み合わせによって、理想的な家族像と実際に家庭を維持する苦しさの距離が浮かび上がります。怪異がいなくても、この夫婦の日常にはすでに危うい部分があったのではないかと考えさせられます。

原作『ぼぎわんが、来る』が描く恐怖
原作小説『ぼぎわんが、来る』では、田原家へ近づく存在と家族の内側にある問題が、複数の視点を通して描かれます。映画は原作の核を受け継ぎながら、映像の色、騒音、沈黙、急激な場面転換を使って独自の勢いを加えました。そのため、同じ出来事でも小説と映画では恐怖の届き方が異なります。
映画で家族の日常に隠れていたものが気になった方には、澤村伊智の原作文庫が向いています。登場人物の内面と視点のずれを文章で追うことで、映画では勢いの中を通り過ぎた違和感や、怪異がこの家庭へ引き寄せられた意味をさらに深く考えられます。
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不穏な心理劇から霊能力バトルへ
前半の『来る』は、家庭の亀裂と正体不明の気配を描く心理サスペンスです。ところが物語が進むと、映画は別の速度へ切り替わります。オカルトライターの野崎、比嘉真琴、そして強大な力を持つ比嘉琴子が関わり、個人では対処できない怪異へ専門家たちが挑む物語になります。
小松菜奈が演じる真琴は、危うさと反発心をまといながらも、自分に見えるものから逃げ切れません。松たか子が演じる琴子は、静かで無駄がなく、登場するだけで場の空気を支配します。派手に力を誇示しなくても「この人なら怪異と対等に話ができる」と思わせる説得力があります。
日本中から集まる霊能力者たち
やがて怪異との対決は、一人の霊媒師による静かなお祓いでは済まない規模へ膨れ上がります。日本各地から異なる流儀を持つ霊能力者たちが集まり、それぞれの役割を持って一つの脅威へ立ち向かいます。宗派や手法を越えて、できる限りの力を一か所へ集める光景には、ホラー映画とは思えない高揚感があります。
ここはまさに「霊能力者VS無敵の怪異」です。怪異は武器で倒せる相手ではなく、姿も目的も完全には理解できません。迎え撃つ側も安全ではなく、圧倒的な存在へ人間の知恵、信仰、技術、覚悟を総動員します。恐怖で縮こまるだけではなく、真正面から殴り合うような霊能力バトルへ到達する展開が最高に面白いです。
怖さと爽快感を同時に成立させた構成
本作は、怖がらせる方向を一つに固定しません。見えないものが近づく怖さ、家庭が壊れていく怖さ、人間の本性が露出する怖さ、強大な怪異と正面衝突する怖さ。それらを順番に見せながら、最後には大規模な見せ場として爆発させます。
通常の心霊映画では、専門家が静かな部屋で呪文を唱え、怪異を鎮める場面が頂点になりがちです。『来る』はその常識を壊し、お祓いを一大イベントのように描きます。それでも軽い娯楽へ逃げず、誰が傷つくか分からない緊張を保ち続けます。陰鬱さと高揚感を同時に作れる点が、この作品の強さです。
比嘉姉妹と野崎の物語をもっと追いたくなった方には、シリーズ第2作『ずうのめ人形』があります。映画で印象を残した霊能力者たちの世界が別の怪異へ広がり、『来る』の対決後にも続くシリーズ性を味わえます。
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最後に残る、最高に後味の悪い空気
大きな対決を見せたあと、映画は観客を気持ちよく日常へ帰してくれません。具体的な出来事は伏せますが、終幕には説明しきれない違和感と、何かがまだこちら側に残っているような感覚があります。問題が片づいたと安心した瞬間に、別の角度から冷たい風が吹き込んでくるような後味です。
その後味の悪さが実に良いのです。映画の中で怪異と対峙していたのは登場人物だけなのか。それを画面越しに見ていた自分も、名前を知り、気配を感じ、すでに物語へ巻き込まれているのではないか。鑑賞が終わっても恐怖の境界線を閉じないため、部屋が静かになってから作品の存在感が増していきます。
良かった点
- 平穏な家庭へ怪異が近づく過程を丁寧に積み上げている
- 怪異の正体や祟りの理由が分からない不安を長く維持する
- 妻夫木聡と黒木華が、外からは見えない夫婦の歪みを生々しく演じる
- 岡田准一、小松菜奈、松たか子が異なる立場で怪異へ対峙する
- 日本中の霊能力者を集めた大規模な対決に圧倒的な高揚感がある
- 心理劇、怪異サスペンス、霊能力バトルが一つの作品としてつながっている
- 鑑賞後まで不穏さを残す、最高に後味の悪い終わり方
総合評価:9/10
映画『来る』の評価は9/10です。平穏な家庭を襲う怪奇現象から始まり、徐々に変貌する日常、夫婦の内側に隠れていた姿、霊能力者たちの集結、そして無敵に思える怪異との全面対決まで、一作の中で何度も物語の熱量が上がります。
静かな恐怖だけを求める人には後半が派手すぎるかもしれません。しかし、怪異サスペンスと娯楽大作の両方を味わいたい人には非常に相性の良い作品です。霊能力バトルの爽快感を与えながら、最後には観客の気分を重く沈めて帰す。その容赦のなさまで含めて完成度が高いです。
怪異は人間の外側から突然やって来たのか、それとも家族の中にあった歪みが招き入れたのか。答えを一つに固定せず、見た人の生活へ不穏な疑問を持ち帰らせます。怖く、派手で、面白く、そして後味が悪い。評価9点にふさわしい、最高の霊能力バトル怪異サスペンススリラーでした。
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著作権・権利帰属
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